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閑渕流とは(かんえんりゅう)

 閑渕流は昭和18年(1943年)、幼い頃より華道の道に精進していた小川閑陽(初代家元)により、新しい環境や時代にマッチしたいけばなを目指し創流されました。

 「花は床の間に飾るもの」という古典的な伝統形式の生け花が主流であった当時においては、とても斬新なものでした。新しい時代へと変化する環境の中で、閑陽の新しいいけばな『現代花』は広く受け入れられました。
戦後は、広島県福山市に本部をおき、全国各地にて活動しております。

 日本では、四季折々の美しい自然に恵まれたこともあり、古来より人と自然とが大変よい関係を保っていました。そのような環境の中で、愛情をもって自然を見つめ、生活の中にそれを生かすという心からいけばなは生まれたのです。そのことを考えると、時代の変化とともに『いけばな』も進化していくことは必然であるように思います。いけばなの根底に存在する『自然を愛でる心』を大切にしながら、皆様の生活の中に自然と向き合う一時をつくることができたらと思います。

初代家元 閑陽

■1911年 (明治44年) 広島県にて生まれる。
  七歳より、父・小川久次郎(雅号:閑渕)よりいけばなを学ぶ。
■1932年 (昭和7年) 旧満州(現中国東北部)大連市に渡り、満鉄に入社。
■1936年 (昭和11年) 満州閑渕会を設立。
■1938年 (昭和13年) 満鉄を退社。華道家として独立し、大連市を中心に活動する。
■1939年 (昭和14年) 大連華道連盟幹事を務める。
  小川閑陽華道研究所を設立。
  関東洲茶華道協会常任理事に就任。
  中華民国主席来満の際、接伴委員を拝命。
  同じく、天皇陛下のご名代・高松宮殿下ご来満の際、接伴委員を拝命し、
  ご宿泊所の各室に二十二瓶もの花をいける。
■1943年 (昭和18年) 閑渕流を創流。初代家元に就任。
■1947年 (昭和22年) 大連より故郷・広島県沼隈郡今津町(現・広島県福山市)に引き揚げる。
  第一回個人展開催。
■1948年 (昭和23年) 全国各流代表大挿花展(京都)に出品。
  第二回個人展開催。
■1949年 (昭和24年) 文部大臣招待第一回日本華道展に出品。
■1951年 (昭和26年) 文部省主催第二回日本華道展に出品。
■1952年 (昭和27年) 西日本選抜大華展に出品。
  華乃栞社主催汎いけばなコンクールに出品。
  文部省より日本華道展運営委員拝命。
  国際いけばな協会(東京)の特別会員に就任。
■1953年 (昭和28年) 京都中央華道夏季大学講座の理事に就任。
■1954年 (昭和29年) サンケイ新聞社主催全日本いけばな百人展(大阪)に出品。
  以降、昭和41年まで毎年出品。
■1955年 (昭和30年) 全日本名流展(枚方)に出品。
  広島県第一回選抜いけばな展運営委員。
■1958年 (昭和33年) 読売新聞社主催いけばな美術展(東京)に出品。
■1960年 (昭和35年) 西日本華道家協会を設立し、会長に就任。
  日本華道芸術院審査委員長に就任。
■1961年 (昭和36年) 関西有名作家招待大華道展運営委員長に就任。
■1962年 (昭和37年) 世界いけばなフェアー(大阪)に出品。
■1964年 (昭和39年) 第一回広島県いけばな作家展に出品。
■1965年 (昭和40年) 中国新聞社主催広島県いけばな代表作家展(広島)に出品。
  第二回広島県いけばな作家展に出品。
■1966年 (昭和41年) 西日本いけばな作家展(福山)に出品。
  財団法人・日本いけばな芸術協会が設立され、評議員に就任。
■1967年 (昭和42年) 日本いけばな芸術協会発会記念展(東京)に出品。
 日本いけばな名流代表作家展(高松)に出品。
■1968年 (昭和43年) 第一回日本いけばな芸術展(大阪)に出品。
  以降、毎年出品。
  西日本諸流代表選抜秀作展(香川・琴平)に出品。
■1969年 (昭和44年) 朝日新聞社後援大阪国際空港ターミナルビル完成記念展に出品。
■1970年 (昭和45年) 万国博本部ビル貴賓室と迎賓館に作品展示。
  第一回閑渕流夏季大学講座を開催。
  以降、毎年夏に開催。
■1971年 (昭和46年) 西日本芸術展(高松)に出品。
  日本いけばな芸術四国展(高松)に出品。
  福山市制五十五周年記念・百翁平櫛田中展協賛閑渕流華道展を開催。
■1972年 (昭和47年) 4月、「小川閑陽展」(天満屋福山店)を開催。
  超大作「樹将霊像」など四十点を発表。
■1973年 (昭和48年) 日本いけばな芸術九州展(福岡)に出品。
  日本いけばな芸術中国・四国展(岡山)の副実行委員長に就任。
  10月、急逝。享年六十二歳。
  ひたすら歩んできた華道人生に終止符をうつ。

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二代目家元 閑渕

■1945年 (昭和20年) 初代閑渕流家元・小川閑陽の長男として生まれる。
  十歳より、いけばなを学ぶ。
■1964年 (昭和39年) 広島大学附属福山高校卒業。
  流展に出品を始める。
■1968年 (昭和43年) 名古屋工業大学卒業。
  号「閑渕」を襲名、家元嗣となる。
■1969年 (昭和44年) 京都市立美術大学聴講生終了。
  財団法人・日本いけばな芸術協会特別会員に就任。
  第二回日本いけばな芸術展(大阪・高島屋)に出品。
  以降、大阪、岡山、福岡、高松、名古屋、東京での日本いけばな芸術展に出品。
■1973年 (昭和48年) 閑渕流二代家元に就任。
■1974年 (昭和49年) 福山文化連盟理事、京都中央夏季華道大学理事に就任。
■1975年 (昭和50年) 関西いけばな懇話会「炎」会員となる。
  以降、「炎の会」展に毎回出展。
  愛媛新聞百周年記念行事「日本いけばな名流代表秀作展」(松山・いよてつそごう)に招待出品。
■1976年 (昭和51年) 財団法人・日本いけばな芸術協会の評議員に就任。
■1977年 (昭和52年) 中国新聞社主催「広島いけばな代表作家展」に出品。
  以降、毎年出品。
■1981年 (昭和56年) いけばなEXPO-81とよた展(豊田・市民文化会館)に招待出品。
■1983年 (昭和58年) 日本いけばな芸術・中国四国展(岡山・高島屋)の副実行委員長をつとめる。
■1984年 (昭和59年) いけばな京都展(京都・大丸)に招待出品。
■1988年 (昭和63年) 「第二回地方デザイン会議’88福山」で、福山駅コンコースに歓迎の
  モニュメントを制作する。
■1990年 (平成2年) 「国際花と緑の博覧会」(大阪・鶴見緑地)に大作いけばなを出展。
■1992年 (平成4年) 日本いけばな芸術中国展(広島・そごう)の副実行委員長をつとめる。
■1994年 (平成6年) 財団法人・日本いけばな芸術協会理事に就任。
  秋田魁新報百二十周年記念行事「全日本いけばな代表作家展」(秋田・セントラルビル)に
  招待出品。
  日本いけばな芸術東北展(仙台・藤崎)に招待出品。
■1998年 (平成10年) 「日本代表作家 IN 神戸」に招待出品。
■2002年 (平成14年) 日本いけばな芸術中国展(米子・高島屋)の実行委員長をつとめる。
■2004年 (平成16年) 初の個展、「両界華曼荼羅」(広島・県民文化センターふくやま)を開く。
  日本いけばな芸術四国展(松山・伊予鉄高島屋)に招待出品。
■2005年 (平成17年) 日本いけばな芸術展(東京・日本橋高島屋)に招待出品。
■2006年 (平成18年) 財団法人ふくやま芸術文化振興財団の理事に就任。

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